2008.12.05 Friday
薫ファンはいねがー
ここ最近、とある事情で、未読の栗本薫作品を読もうと努力しているのですが、進捗はかばかしくないです。
何故かというと、ちょっと古いものはたいてい絶版になってしまっているからだ。古本屋にもグイン・サーガ以外あまり見当たらないし、かと言ってネットのオークションで一冊一冊見つけて買うほどの情熱はない。んー……誰か、元ファンで栗本本が本棚に大量に残っていて邪魔で邪魔でしょうがないが、古本屋は買い取ってくれないし、オークションに出すのも面倒くさいって方がいたら、私にダンボールでまとめて売ってくださらないでしょうか。古本屋よりは高く買いとれると思います。もちろん送料こっちで持ちます。お心当たりの方はどうぞよろしく。
何故かというと、ちょっと古いものはたいてい絶版になってしまっているからだ。古本屋にもグイン・サーガ以外あまり見当たらないし、かと言ってネットのオークションで一冊一冊見つけて買うほどの情熱はない。んー……誰か、元ファンで栗本本が本棚に大量に残っていて邪魔で邪魔でしょうがないが、古本屋は買い取ってくれないし、オークションに出すのも面倒くさいって方がいたら、私にダンボールでまとめて売ってくださらないでしょうか。古本屋よりは高く買いとれると思います。もちろん送料こっちで持ちます。お心当たりの方はどうぞよろしく。
で、何を読んだか読んでないか自分で把握しておこうと思って、うなぎさんのリストを参考につらつら眺めていたんだけど、自分で思っていたよりずいぶん未読のものが多いなあー。
私の人生の中で一番数多くその作品を読んだ作家は、間違いなく栗本薫なんですが、それでもたぶん200冊程度しか読んでいないみたいで……「200冊程度しか」ってところがもう、栗本薫ってキチガイだろうと思うのですが、ちゃんと知らないけどどうなの、たぶん栗本さん今までに400作くらいは書いてるんじゃないのか?
して、私は小学生のころに薫にはまり、それからものすごい勢いで彼女の作品を読みふけり、ずいぶん長いことファンであったような気がしていたんだけども、よくよく数えてみたら、彼女の作品は何が何でも全部読む状態だったのは、ほんの数年のことだったみたいだのー。初読から4〜5年のあいだに、知っている作品のほぼ大半、つまり200冊近くを読みつくしている。
もしかしないでも、多感な時期にえらいことマズイもんにどっぷり浸かっていたのかしら!
それはともかく、何でそれに気がついたかというと、今日古本屋で見つけた『グルメを料理する十の方法』の文庫版を読んでいて(これも未読だったのだ)ふと刊行年を確かめたら、1986年だった。
あれー?私いくらなんでもこの時期までは栗本薫大好きで、片っぱしから全部読んでたんじゃなかったかなあー?と思って、先述のうなリストを確かめてみたら、どうも私86年ごろからすでに、多少飽きてきていたらしく、グイン・サーガと小説道場だけはリアルタイムでしっかり読んでいたんだけど、それ以外の単発作品は、かなり穴があいているようだった。
90年あたりにはもうすっかり、たまたま書店に行って、これと言って読みたい本が何にもないときに、そこらに栗本新刊があったら、なんとなく買ってたかも、程度の読者になっていたみたい。そして次第にグイン・サーガすら手にとらなくなって新世紀にいたる、と。
再びちょろちょろ読みだしたのは、ラルク繋がりでお友達になったLさんが、とっても『朝日のあたる家』好きの方で、「あー私『翼あるもの』は好きだったけど、朝日は読んでないなあー」と言った私に「読んでください!hydeファンなら読むべきです!」とすすめてくれたからです(笑)
だからJUNE系作品だけは、4〜5年前から全部手に入れて読んだりしたんだけど、あとはとてもマバラだ。
そのあと、熱烈な薫読者のうなぎさんのサイトを知って、どちらかと言えばいまの薫がというより、うなぎさんの感想が面白かったので、また薫作品をぼちぼち読み始めた、って感じなのね。たぶんこのお二人に感化されなかったら、今も読み返してなかったかもしんない。
ファンの間では有名な、かの「500円読者」よりダメなファンだったみたいだな、私。
ここ数年はそんなわけで、結構自分の中で栗本ブームが再来し、あれこれ読み返しているのですが、やはり昔のものは面白いし、今読んでも好きだ。そして90年代後半あたりからのものは、やはりどう読んでも、むーん、と仏頂面で唸ってしまう出来だ。
自分が大人になって、子供向きの小説に飽きたんか、と思っていたけど、そうじゃないと思う。薫の小説の書き方が下手に(というか雑に)なっているのだと思う、明らかに。
ところで、冒頭に書いたとある事情(ってほど大げさなもんじゃないんだけど)のために、現役か、近年まで読んでいる栗本薫読者さんがいらっしゃったら、hisuiはちょっとお話したいのです。
いろいろいらんことも書いてますが、私は今でも決して薫アンチじゃないです。もし気がむいたら、何かしら私にコンタクト取っていただけないでしょうか。ぜひよろしくお願いします。
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ランキング参加してます。良かったらたまに押してやってください→
私の人生の中で一番数多くその作品を読んだ作家は、間違いなく栗本薫なんですが、それでもたぶん200冊程度しか読んでいないみたいで……「200冊程度しか」ってところがもう、栗本薫ってキチガイだろうと思うのですが、ちゃんと知らないけどどうなの、たぶん栗本さん今までに400作くらいは書いてるんじゃないのか?
して、私は小学生のころに薫にはまり、それからものすごい勢いで彼女の作品を読みふけり、ずいぶん長いことファンであったような気がしていたんだけども、よくよく数えてみたら、彼女の作品は何が何でも全部読む状態だったのは、ほんの数年のことだったみたいだのー。初読から4〜5年のあいだに、知っている作品のほぼ大半、つまり200冊近くを読みつくしている。
もしかしないでも、多感な時期にえらいことマズイもんにどっぷり浸かっていたのかしら!
それはともかく、何でそれに気がついたかというと、今日古本屋で見つけた『グルメを料理する十の方法』の文庫版を読んでいて(これも未読だったのだ)ふと刊行年を確かめたら、1986年だった。
あれー?私いくらなんでもこの時期までは栗本薫大好きで、片っぱしから全部読んでたんじゃなかったかなあー?と思って、先述のうなリストを確かめてみたら、どうも私86年ごろからすでに、多少飽きてきていたらしく、グイン・サーガと小説道場だけはリアルタイムでしっかり読んでいたんだけど、それ以外の単発作品は、かなり穴があいているようだった。
90年あたりにはもうすっかり、たまたま書店に行って、これと言って読みたい本が何にもないときに、そこらに栗本新刊があったら、なんとなく買ってたかも、程度の読者になっていたみたい。そして次第にグイン・サーガすら手にとらなくなって新世紀にいたる、と。
再びちょろちょろ読みだしたのは、ラルク繋がりでお友達になったLさんが、とっても『朝日のあたる家』好きの方で、「あー私『翼あるもの』は好きだったけど、朝日は読んでないなあー」と言った私に「読んでください!hydeファンなら読むべきです!」とすすめてくれたからです(笑)
だからJUNE系作品だけは、4〜5年前から全部手に入れて読んだりしたんだけど、あとはとてもマバラだ。
そのあと、熱烈な薫読者のうなぎさんのサイトを知って、どちらかと言えばいまの薫がというより、うなぎさんの感想が面白かったので、また薫作品をぼちぼち読み始めた、って感じなのね。たぶんこのお二人に感化されなかったら、今も読み返してなかったかもしんない。
ファンの間では有名な、かの「500円読者」よりダメなファンだったみたいだな、私。
ここ数年はそんなわけで、結構自分の中で栗本ブームが再来し、あれこれ読み返しているのですが、やはり昔のものは面白いし、今読んでも好きだ。そして90年代後半あたりからのものは、やはりどう読んでも、むーん、と仏頂面で唸ってしまう出来だ。
自分が大人になって、子供向きの小説に飽きたんか、と思っていたけど、そうじゃないと思う。薫の小説の書き方が下手に(というか雑に)なっているのだと思う、明らかに。
ところで、冒頭に書いたとある事情(ってほど大げさなもんじゃないんだけど)のために、現役か、近年まで読んでいる栗本薫読者さんがいらっしゃったら、hisuiはちょっとお話したいのです。
いろいろいらんことも書いてますが、私は今でも決して薫アンチじゃないです。もし気がむいたら、何かしら私にコンタクト取っていただけないでしょうか。ぜひよろしくお願いします。
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